『障がい者の立場から考える被災地支援の会』(障被会)の活動告知と報告を行うブログです。

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8/16(木)【東京】『がれき受け入れやめようプロジェクト!防潮堤と慰霊の為に瓦礫を使おうデモ』(清瀬市)報告
8/16(木)【東京】『がれき受け入れやめようプロジェクト!防潮堤と慰霊の為に瓦礫を使おうデモ』(清瀬市)
の報告

抗議写真

参加人数12名 

市長が出張中との事なので、都市整備部長へ抗議文読み上げ後提出
『責任を持って市長へ渡します』との事でした。

シュプレヒコール

シュプレヒコール!!
シュプレヒコール!!

瓦礫受入れ反対!!
全ての瓦礫受入れを直ちに中止せよ~!!
清瀬市長は副管理者として柳泉園に対し中止を求めよ!!
多摩の空気を汚すな~!!
多摩の水を汚すな~!!
多摩の土を汚すな~!!
東京に避難した被災者を苦しめるな!!
瓦礫より人を受け入れろ!!


皆さん、広域処理で問題になっている、
福島原発事故によって発生した放射性廃棄物は、
すべて東電が引き取るべきものです。
そうした大きな問題を取りあげず、都内への瓦礫受け入れを前面に打ち出すことは、
将来の都政を考えても疑問が生じます。
責任の所在を曖昧にし、放射能や有害物質に汚染された瓦礫を引き受けることは
今後住民に健康被害が発生した場合2次汚染をさせてしまった柳泉園並びに
清瀬市に大きな責任が生じます。
実際に世田谷や、練馬で瓦礫焼却中にアスベスト・水銀が検出されて、
受入れを中止している所もあるのです。
焼却されてしまって、健康被害が出てからでは遅いのです。
皆様頑張って訴えましょう!!

抗議文

抗議文 今年は67年目の終戦記念日を迎え、東日本大震災から2回目のお盆になりました。
戦没者と未曾有の大震災の犠牲になった方々の、ご冥福をお祈り申し上げます。
今また復興支援の美名の下に、災害瓦礫の広域処理が全国規模で行われております。
最近では大手ゼネコンとの癒着、瓦礫の2重カウントも報道されています。
本当の復興支援とは、何でしょうか。 4/5に行われた柳泉園の第一回市民説明会では、
参集した一般市民のほとんど 全員が瓦礫の受入れに反対で大変紛糾致しました。
その様子はネットで配信され、今でも動画で確認出来ます。
この事実を、構成3市と柳泉園、そして周辺自治会は重く受け止めて頂きたい。
柳泉園と周辺自治会との合意も、公文書として確認出来ておりません。
5/28の柳泉園組合議会では、不安を訴える市民の陳情書が全員一致で 不採択になりました。
柳泉園の管理者である東久留米市長、副管理者である西東京・清瀬市長、 そして柳泉園議員、
柳泉園組合のどなたからも納得のいく説明がありませんでした。
私の在住する清瀬市では7/15の広報第1124号中央見開きにて、瓦礫受入れの 特集記事が組まれました。これは「説明会を開催して欲しい」という市民の願いを
汲んだ上で周知をしようという配慮があったのかも知れませんが、
最初から 「受入れありき」で揺るぎ無い事業計画の追認を一方的に市民に迫る内容でした。
この広報を読めば多くの市民は、安全・安心して事業を任せられると思うかも知れません。
ところが、事実は瓦礫受入れの一側面でしか語られておりません。
これは情報格差を助長し、市民の情報リテラシーを阻害しています。
そして折りしも7月5日は前市長、星野繁氏がご逝去されたばかりでした。
中央見開きで瓦礫受入れの特集が組まれた広報で、4期16年間市長を務めて
50年以上市政に尽くした星野繁前市長の訃報は一面2段組の囲み記事でした。
訃報には故人の功績を市政の経緯と共に、紹介されるべきだったでしょう。
前市長は柳瀬川流域の整備や子育て支援など、様々な市政に取り組んでいました。
8/15第194号市議会だよりでも小さな記事で扱われ、
市議会議員の一般質問でも 前市長の功績に触れる発言は皆無でした。
実際に傍聴していれば市議会の場で哀悼の意を表明していたと信じたいですが、
傍聴に行ける市民ばかりではありません。
この様に周知を徹底するという意味では広報だけではあまりにも不充分なので、
アウトリーチによる情報弱者のサポートが必須になります。
この案件は第194号市議会だよりにも地域防災計画、情報弱者に対する支援、
障がい者や高齢者の避難対策などが語られております。
情報通信網は文字通りライフラインとして、いつの時代にも生死を分かちました。

私は数年前に知覧の平和記念会館で、特攻隊員の遺影に出会いました。
彼らの中には終戦を過ぎて散った者も、数名いました。
どうして敗戦が決まったのに、彼らは家族の元へ帰れなかったのでしょうか。

敗戦から60余年経った今現在、日本は戦時被爆国であると同時に震災被曝国になりました。

この時も大手メディアは大本営発表のように、不利益な情報を国民に流しませんでした。

取り分け被災地ではSPEEDIの情報が得られずに、避難所に移動してむざむざ
新たな被曝を重ねてしまった方々もおられました。
安全な水や食料、生活用品の確保に奔走し、辛酸を嘗めました。

かような情報弱者に陥るのは被災者ばかりでなく、日常生活であって社会的弱者も
同じです。

普段の社会生活で情報に取り残される社会的弱者が、罹災した非常時であっても
救済されるとお思いでしょうか。
社会的弱者は正しい情報を得られなければ救済の途を断たれ生命の危機に脅かされます。

社会的弱者とは雇用・就学の機会や人種・宗教・国籍・性別の違い、あるいは疾患などに
よって、所得・身体能力・発言力などが制限され、社会的に不利な立場にある人を
指します。高齢者・障害者・児童・女性・失業者・少数民族・難民・貧困層または
その世帯が含まれます。

日本国憲法 第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む
権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び
公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

健康で文化的な生活を阻む恐れがある災害瓦礫の受入れ焼却をするのは、
違憲であるのが明白です。
しかも東京都市長会と宮城県女川町、東京都知事、宮城県知事が交わした
「宮城県女川町の災害廃棄物の処理に関する基本合意書」は自治法違反でもあります。
ただの任意団体である東京都市長会には、そんな権限はありません。
本来廃棄物処理は市町村の自治事務であるので、その事務にあたり議会の議決を
経なければならないのが地方自治法第二条で定められています。
議会の議決をせずに市長の専決処分のみで瓦礫を受け入れるのであれば、
地方自治法の179条と180条のいずれにも該当していないのでこれも無効であります。

市長は市民の直接公選で選出された自治体の執行機関なので、市民の健康と暮らしを
守るのが責務ではないでしょうか。

戦前まで結核患者の療養地であった歴史のある清瀬市は大規模病院が集中しています。
また、高度研究機関や、内外の研究施設が集まっております。
「医療・介護の街」である清瀬市の市長、市議会議員であれば環境汚染の懸念される
災害瓦礫の受入れに反対し、人的支援を推進するのが第一義ではないでしょうか。

清瀬中学校校歌を作詞された昭和を代表する俳人の石田波郷の俳句大会は、
清瀬市の文化事業として毎年秋に行われています。

石田波郷の結核の闘病俳句で「七夕竹惜命の文字隠れなし」という、一句があります。
「惜命」とは文字通り、「命を惜しむ」ことです。

鬼籍の方を悼み、生ある者を慈しむ真情が清瀬市には根付いています。

それならば本当に必要な被災地支援を選択するのが、清瀬市民の本分であると
私たちは強くここに訴えます。

最近清瀬市ではいじめ事件が頻発し、マスコミを賑わせました。
子ども達が命を軽視するのは、大人が手本を示せていないからです。

命を尊び、思いやりを育む教育をしましょう。
ガレキより、被災者の方々を受け入れましょう。
利権構造より、人の和を築きましょう。

東京都には海の森という、素晴らしい公園事業実績があります。
丁度これから、第29回全国都市緑化フェアが開催されます。

戸越銀座は1923年の関東大震災の銀座の瓦礫をここに運び、低地を埋め立てた
ことから『戸越銀座』と命名されました。全国各地にある「銀座」の付く地名の第一号
でもあります。東京都で培われた叡智を、被災地支援に活かしましょう。

全国どこであっても、瓦礫を焼却してはなりません。

清瀬讃歌では、星野哲郎氏が「慈のまち 愛のまち 好きだよ清瀬」と
素晴らしい歌詞を作って下さいました。

私たち清瀬市民は、慈の精神 慈しみの愛の心で被災地支援をしましょう。

障がい者の立場から考える被災地支援の会
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